2026年7月10日

扇谷山海蔵禅寺(せんこくざん かいぞうぜんじ)
海蔵寺(かいぞうじ)
臨済宗建長寺派
かいぞう /kaizoji : kaizoji Temple

鎌倉扇ガ谷の最奥に位置する「海蔵寺」。底抜けの井や十六の井などの言い伝えが多く「水の寺」と呼ばれています。ゆったりとした時の流れを感じさせる閑静な境内は一年を通して花々を楽しめるため「花の寺」とも呼ばれています。
鎌倉駅からのアクセス
JR鎌倉駅から英勝寺までは、徒歩で1300m20分ほどです。
JR鎌倉駅西口に出ます。改札を出てロータリーの先に正面に伸びる道を進みます。




市役所前交差点まで直進、正面に紀ノ国屋を見て、右に曲がります。右に曲がると今大路(今小路または武蔵大路)となります。


途中銭洗い天神への分かれ道がありますが、直進します。

右手に巽神社を見ながらさらに直進します。


左手八坂大神を見ながらさらに直進します。

その先の寿福寺を左に、扇が谷踏切を右に見ながら道なりに進みます。



右手にJRの扇ヶ谷ガードが見えると、道が左にカーブしています。道なりに左方向に進みます。上の写真は扇ヶ谷ガードを過ぎてから来た道を振り返った際のガードの写真です。

道なりに300mほど緩い上り坂を進みます。

海蔵寺手前には駐車場の看板が出ています。

上り坂の突き当りが海蔵寺の正面となります。
由緒
海蔵寺の建つ地に、建長5年(1253年)、鎌倉幕府の第5代執権北条時頼のころ「宗尊親王」(鎌倉幕府第6代将軍)の命で宗尊親王の後見人であった藤原仲能が本願主となってその地に七堂伽藍を建て真言宗寺院を建立します。
元弘3年(1333年)鎌倉幕府滅亡とともに七堂伽藍は焼失してしまいます。その後応永元年(1394年)鎌倉公方足利氏満の命により上杉氏定が禅宗寺院として再建したのが海蔵寺と言われています。
開山は謡曲「殺生石」で有名な心昭空外(源翁禅師)が迎えられました。その後、天正5年(1577年)に建長寺に属するようになったと言われます。


見どころ
境内は拝観料はありませんが、十六ノ井まで進むには、赤い傘のところで拝観料が必要となります。
山門・脇門
海造寺寺標の正面の階段の上には山門があり、右手のなだらかな坂の先には脇門があります。
山門越しの境内は正面の本堂が額縁のように切り取られ美しいです。


本堂(龍護殿)
大正時代に建立、十一面観世音像、開山源翁禅師像が安置されています。正面には海蔵寺の額縁、堂内奥には龍護殿と書かれた額縁があります。
また本堂背後には池泉庭園があります。庭園は非公開ですが、やぐら付近から垣間見ることができます。




薬師堂(仏殿)
安永5年(1775年)に浄智寺より移築されています。正面の仏壇には御本尊の薬師三尊像、十二神将像が安置されています。


鐘楼


十六ノ井
境内南隅の岩窟には十六ノ井と呼ばれる井戸があります。縦横四つ、合計16の穴があることに由来し、観音菩薩像と弘法大師像が安置されています。井戸の水は今も湧き続けているとされます。




底脱ノ井
門脇右手に底脱ノ井(そこぬけのい)があります。鎌倉十井の一つで鎌倉時代の豪族安達泰盛の娘千代能という尼僧が詠んだ歌にに由来します。
千代能がここに水を汲みに来た時、水桶の底がすっぽりと抜けたため「千代能がいだく桶の底抜けて、水たまらねば月もやどらず」と歌ったとされ、このときにわだかまりが解け、悟りが開けたといいます。


やぐら
本堂の左手にはやぐらが並んでいます。赤い鳥居が見えるやぐらは雨宝殿と呼ばれ、宇賀福神が祀られているとのことです。です。


岩船地蔵堂(境外)
岩船地蔵堂は海造寺から鎌倉駅の方に坂を降り、横須賀線のガードをくぐった先の三叉路にあります。ここは海蔵寺が管理する地蔵堂で、源頼朝の娘大姫の守り本尊といわれる岩船地蔵が祀られています。


庫裡
天明5年(1785年)建立の茅葺きの建物。鎌倉の寺院を代表する庫裡建築。

季節の花
改蔵寺は四季を通じて花が咲き鎌倉有数の花の寺として知られています。
春のカイドウ、夏のノウゼンカズラ、初秋のハギ、初春のウメはとくに見ごたえがあります。
春
ユキヤナギ、カイドウ、ツツジ、ヤマブキ、サツキ、シャクナゲ
夏
マツバギク、イワタバコ、ハナショウブ、アジサイ、ハンゲショウ、キキョウ、フヨウ
秋
ハギ、シオン、キンモクセイ、サザンカ、紅葉
冬
ツバキ、サザンカ、,センリョウ、マンリョウ、スイセン、フクジュソウ、ウメ



住所 鎌倉市扇ガ谷4-18-8
JR鎌倉駅から徒歩20分
電話番号 0467-22-3175
拝観料/入館料 志納 十六ノ井拝観料100円
開門・閉門時間 9時30分~16時00分

